20代なのに関節リウマチにかかってしまった。全身が痛くて、歩くのも辛いし、ペットボトルの蓋も開けられない。この先どうなるか不安で、人生に絶望している。
そんな人に向けて書いてみました。
自身も20代で関節リウマチにかかり、10年以上治療を続けており、その辛さや苦しみ、絶望の大きさや悩みの深さは、よく理解できます。この記事を通じて、1人でも多く希望を持ってくれれば幸いです。
自分は関節リウマチ歴でいうと、10年以上の大ベテランです。20代半ばの2009年3月頃にかかり、現在までずっと治療を続けています。
当時は歩くのも困難で、高齢者の方にも抜かれてしまうほどでした。ただ、現在は歩くのはもちろん、足に負担をかけない程度なら、ジョギングも可能です。
アクテムラの点滴治療を続けてきましたが、2023年6月30日を最後に完全寛解し、現在は定期的に通院するだけとなりました。
個人的な所感ですが、会社員からフリーランスとなり、ストレスが激減したこと。結婚して食生活が改善されたこと。そして、お酒、脂肪、糖質、添加物などを控え、適度な運動をしているのが効いたかもです。
関節リウマチの記事を書くと決めた理由
この記事を書こうと思った理由です。
主に3つあります。
- 20代から10年以上の闘病経験あり
- 関節リウマチ患者の発信が少ない
- 同じ境遇の人がいることに気づく
お前の話は必要ないっ!!
という方は先にお進みください。
① 20代のリウマチ患者が少ない
理由①は20代のリウマチ患者が少ないからです。関節リウマチは高齢者の病気、そんなイメージの人も多いでしょう。実際、20代でかかるのは2割弱となっています。
日本リウマチ友の会さんによると…
- 関節リウマチ → 全人口の1%くらい
- 20代でなる人 → 上記の17%くらい
- 男性でなる人 → 上記の17%くらい
自分はこの全てを通過しました。
割合的には0.03%くらいです。
この状況を逆手にとると、10,000人に3人しかいない、かな〜り珍しい(残念な)人物になります。そこで、この経験を発信していくことで、誰かの役に立てないかと考えました。
② リウマチ患者の発信が少ない
理由②はリウマチ患者の発信が少ないからです。大きな不安から共感を得たいと調べたものの、あるのは病院や薬局のモノばかり。患者視点の情報はほとんどありません。
個人的な予想ですが理由は2つ。
- 年齢層が発信世代ではない
- 元気にならないと発信不可
1つはリウマチ患者の年齢層が、Twitterやブログなどで発信する世代ではないこと。もう1つは元気にならないと、発信自体ができないことです。
文章 × 発信 × 元気
自分は一応文章を書くことで生計を立てています。また、2020年からではあるものの、Twitterも始めました。そして、何より関節リウマチをふき飛ばすくらい元気です。
そこで関節リウマチについて、患者視点での情報発信をしていくことで、少しでも絶望している若い世代を勇気づけられたらと考えました。
正直、自分が励まされたいときも…
③ 同じ境遇の人を見かけた
理由③はTwitterで同じ境遇の人を見かけたからです。これが一番大きなキッカケになったかもしれません。
ツイートから伝わる絶望感
その方は21歳で関節リウマチとなり、ちょうど治療を始めるところでした。ツイートから伝わるのは、将来への大きな不安と、未来への圧倒的な絶望感です。
これを見たとき、完全に過去の自分と重なりました。そこで少しでも力になれないか、今は苦しいかもしれないけど、明るく楽しい未来があることを伝えたい。そんな想いで記事を書くことにしました。
サラッとおさらいします。
関節リウマチの発信を決めた理由は…
- 10,000人に3人の珍しい人物
- 今は元気になったので発信可能
- 同じ境遇の人をはげましたい
ここからは関節リウマチと10年以上付き合ってきた経験から、わかったこと、反省ポイントなどをまとめています。一つの指針にしていただければ幸いです。
関節リウマチで諦めたこと・できたこと
関節リウマチになって、諦めたことと、できたことです。自分がそうだったように、絶望するのは、諦めなければならないことが多いと感じるから。でも実際には、ほとんどのことができます。
関節リウマチで諦めたこと
関節リウマチで諦めたのは…
- スノーボード
- 高額な医療費
この2つです。思い付くのはこれだけ。
スポーツは制限がかかる
社会人になってから、週末はほぼ雪山というほど人生そのものだった、スノーボードを諦めました。残念ですが、スポーツには制限がかかると考えておきましょう。
日本で一番早くオープンするYeti(イエティ)から始まり、GWまで全国各地のスキー場に行きまくっていたのですが、関節リウマチで諦めざるを得なくなりました。
最初はすぐに復帰する、すぐに治すと意気込んでいたものの、完治しないこと、足への負担がNGなことを悟り断念。ただ実際には元気になってから2〜3回行っています。
医療費は投資と考える
関節リウマチの治療費はとにかく高いです。自分も毎月3万円ほどかかってます。ここは未来への投資と考えて諦めましょう。元気になれば、必ず取り戻せます。
自分の治療の流れはこちら。
(医療費も上がっていきました)
- 飲み薬 (リウマトレックス)
- 自己注射(エンブレル)
- 点滴 (アクテムラ)
アクテムラの点滴で超復活しました。
まず、飲み薬のリウマトレックスは、副作用による吐き気がすごく、飲むのを放棄してしまうほど。その結果、関節リウマチの症状も抑えられずでキツかったです。
次に自己注射のエンブレルを試しましたが、こちらは自分で針を刺すことができず、めんどくなって放棄。その結果、関節リウマチの進行が進んでしまいました。
最終的にアクテムラの点滴に切り替えて、信じられないほど復活するのですが、それまでに手首の軟骨がほぼなくなり、30度くらいまでしか曲がらなくなりました。
関節リウマチは、最初の3年にどれだけ症状を抑えられるかが重要と言われています。そのため、自分に合わない、効果がないと思ったら、すぐ先生に相談しましょう。
関節リウマチでもできたこと
関節リウマチでもできたことは…
- 生活(当たり前の日常が戻る)
- 結婚(4歳年下の妻ができる)
- 独立(会社員からフリーになる)
たくさんある中で、人生に大きく関わるものだけを、3つピックアップしています。
日常生活が戻ってきた
関節リウマチになる以前は、当たり前と考えていた、日常生活が戻ってきました。この動けるだけで幸せという感覚は、大病を患ったからこそ実感できるものです。
どれも普通のことですが…
- 歩くことができる
- 家族や友達と会える
- 温泉や海外に行ける
- 美味しいものが食べられる
- 仕事や好きなことができる
関節リウマチになった頃は、痛すぎて歩くことすら困難。コップを持ち上げるのも辛いし、何をするにも痛い、だるい、キツい。そんな状態だったことを考えると、とても幸せなことです。
現在は日常生活で困ることはほぼなし。
完全復活といってもOKです。
パートナーができた
関節リウマチという圧倒的なハンデがあるから、結婚は難しいかなと考えていたものの、4歳年下のパートナーができました。本当に感謝しています。
自分がそうだったように、関節リウマチのせいで、嫌われないか、フラれないか、結婚なんて到底無理、そう考えてしまう人もいるのではないでしょうか。
実際、付き合い始めた頃は、まだ話していませんでした。というか、話せなかったです。その後、結婚を意識するようになり、持病があることを打ち明けたのですが…
「死なないならOK!」
自分が思っていたよりも、遥かにすんなりと受け入れてくれました。そして、人生を共に歩んでくれるパートナーがいる、この安心感は絶大です。
フリーランスになった
元気になってからではあるものの、会社を辞めてフリーランスになりました。関節リウマチと付き合いながら生きていくには、会社員の縛りが足枷になることも多いです。
関節リウマチの人は、働き方や時間をコントロールできる、フリーランスが向いてると思います。個人で稼ぐ力を身につけ、なるべく早く独立するのがおすすめです。
3つのメリットがこちら。
- 通勤による肉体的な負担がなくなる
- 人間関係による精神的な負担がへる
- ストレスフリーでハッピーになれる
似たり寄ったりですが、とにかくストレスが減り、肉体的にも精神的にも負担が減ります。関節リウマチには、基礎療法という段階があり、これを実現するには独立するのが望ましいです。
基礎療法のポイントがこちら。
- ストレスをためない
- 睡眠をしっかりとる
- 規則正しい生活をする
- 適度な運動で体を動かす
- バランスのいい食事を摂る
- お酒の飲み過ぎには注意する
- タバコは我慢する(禁煙推奨)
医療費が高いので、最初はキツいと思いますが、少しずつシフトチェンジしていくと良いでしょう。ただ、元気になってから考えることなので、焦らなくて大丈夫です。
参考までに自分のライフサイクルです。
- 6時に起きる
- 午前はカフェで作業する
- かる〜く筋トレする
- 家族とランチ
- 自転車で有酸素運動
- 午後は自宅で作業する
- 23時に寝る
ストレスとはほぼ無縁の生活をしています。このライフサイクルは、会社員では実現できないことも多く、フリーランスになって良かったと感じています。
ここまでの内容をおさらいすると…
関節リウマチで諦めたこと、できたこと。
- 諦めたこと①:スノーボード
- 諦めたこと②:高額な医療費
- できたこと①:日常生活
- できたこと②:結婚生活
- できたこと③:自由生活
関節リウマチは、自分に合った治療法に出会うまでが大変です。副作用で気持ち悪くなったり、自己注射が怖すぎてできなかったり、それでも良い治療法が見つかれば、驚くほど元気になります。
自分はアクテムラの点滴に出会うまで、半年くらいがキツかったです。その後は劇的に復活し、1年後には友達と台湾旅行に行っています。千と千尋のモデルと言われている、九份にも行きましたよ♪
関節リウマチから復帰して立ち直るコツ
最後に関節リウマチから復帰して、立ち直っていくコツについてです。
コツと呼べるほどのものかはさておき、自分自身の辛く苦しい経験から、こうしておけば良かった、ああすべきだったと、反省しながら振り返っています。少しでも参考になれば幸いです。
大きく2つあります。
- 治療を最優先する
- 家族や周りを頼る
詳しくみていきましょう。
治療を最優先する
1つは治療を最優先することです。
関節リウマチは、最初の進行が早く、そのタイミングでどれだけ症状を抑えられるかが大切です。そのため、とにかく治療を最優先しましょう。
自身の反省点は3つあります。
- 副作用の相談が遅かった
- 自己注射NGの判断が遅かった
- 仕事優先で治療放棄気味になった
まず、初期の治療で処方された飲み薬(リウマトレックス)が合いませんでした。飲んだ直後から気持ち悪くなるし、見た目もエグいし、味も変だし、粒もでかいし。その結果、痛み止めだけ飲むという流れに…
これが1回目の反省です。
次の自己注射(エンブレル)もダメでした。針がうまく刺さらないし、痛いし、怖いし。その結果、またも放棄気味になってしまい、痛み止めだけ飲むという流れに…
これが2回目の反省です。
そして、最後は治療より仕事を優先してしまったこと。若手社員だったこともあり、休むこともできず家と会社の往復。これは結果的に失敗だったなと感じています。
今考えるならこの3択です。
- 年休をすべて使ってしまう
- 年休がなかったら休職する
- 休職できないなら退職する
自分はアクテムラの点滴に出会うまで半年程かかっており、その間に手首の軟骨がなくなり、可動域がほぼなくなりました。日常生活に支障はないものの、治療が遅れたことによる影響と考えています。
まだまだ関節リウマチを腰痛レベルと考えている人も多く、「休職なんて何事だ」と言われるかもしれませんが、会社にあなたの大切な命や健康を懸ける価値はないです。
家族や周りを頼る
もう1つは家族や周りの人を頼ること。
関節リウマチで苦しむあなたを、心から心配してくれるのは、会社ではなく家族です。両親や祖父母をはじめ、親しい友人たちを頼ってみましょう。
- 家事全般を手伝ってもらう
- 症状が安定するまで帰省する
- 医療費が足りないなら借りる
自分はできませんでした。
一人暮らしで生活と仕事と治療を続けた結果、なんとか復帰できたものの、手首の可動域が奪われました。今元気であることが最大の喜びであり、後悔はないものの、治療を最優先すべきだったと感じています。
元気になれば全てできる
圧倒的に優先すべきは元気になることです。なぜなら元気になれば全てできるから。お世話になった人への恩返しはもちろん、お金も稼げるし、仕事もできます。まずは復活しましょう。
今考えるとよくできたなと思いますが、関節リウマチを抱えながら、駅まで歩いて、満員電車に乗って、朝から夜まで働いて、それを月曜から金曜まで続けて、メチャクチャハードです。
現在はコロナの影響もあり、リモートでできる在宅の仕事も増えてきています。体への負担を最小限に抑えられるよう、仕事を変えてもいいし、一旦辞めてもOK。元気になれば全てできるのだから大丈夫です。
ここまでの内容をおさらいすると…
自分の反省点から考える復帰への近道。
- 仕事より治療を優先する
- 自分に合う治療法を見つける
- 復活するまで両親や家族を頼る
関節リウマチから復帰して立ち直るには、とにかく治療を最優先して、自分に合う治療法を見つけることです。それが見つかれば、痛みが治まり、日常生活を取り戻せます。
自分の場合は、飲み薬(リウマトレックス)→ 自己注射(エンブレル)→ 点滴(アクテムラ)まで、半年くらい掛かりました。この期間をどれだけ短くできるかが復活への鍵となります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
長々と書いてしまいましたが、関節リウマチになっても、絶望しないでほしい、明るい未来がやってくる、これが一番伝えたかったことです。
一緒に頑張りましょう。応援しています。